育休先生。

「イクメン」という言葉がなくなる日を目指して。

自分の職業選択の軸は何か、文字に起こして考えてみた。

 ボクの周りには、高給取りの友達がちらほら。子どもが二人ともなると、喉から手が出るほどお金が欲しい。でも、「その収入が手に入るなら転職するか」と考えると、…そういうわけでもない。

 

<目次>

 

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お金よ、いつの間にどこへ

 この2年の間に、あっという間に『二児の父』となった。

 

 子育てにはお金がかかる。

   これまで一切買う必要のなかったミルクやオムツ、哺乳瓶や食器、買い替えサイクルの早すぎる服。食費は人数に比例して増えるし、例えば任意の予防接種などはなかなか高額だ。これからは学費や習い事の月謝などもかさんでくるだろう。

 

 その上、去年の4月から来年の3月までの2年間(24ヶ月×夫婦2人=48ヶ月と考える)で、夫婦二人で28ヶ月間(ボク:12ヶ月間、妻:16ヶ月間)の育休を取っている。有り難いことに育児休業給付金を頂いているとはいえ、収入は恐ろしいほど激減した。

 

とにかく稼げる仕事がいい?

 では、高給取りの友達が羨ましいかというと、そういうわけでもない。

 なぜなら、ボクの中に「『どれだけ稼げるか』を軸に職業を選ぶという考えがない」からだ。前職(MR)の方が給料も待遇も良かったという時点で、嘘ではないことがお分かり頂けるだろう。

 

 もちろん、現在の仕事がたまたま生活できるぐらいの給料レベルだということが、そう考えられる一因にはなっている。

 例えば、保育士や介護士、美容師などを浮かべてみる。いずれも激務に違いなく、巷で耳にするような待遇で働いておられる方には頭が下がると同時に、自分だったらどうだろうかと思う。

 

もし、教師が『歩合制』だったら

 では、仮に教師の給料が『歩合制』になるとしたら、それは喜ばしいことだろうか。

 

 商売では、原則的には商品を売れば売るほど稼ぎは増える。

 その反面、いくらその商品やサービスの普及に ”志” ”使命感” があったとしても、成果(=利益)が伴わなければ事業を続けていくことはできない。

 

 一方、教師は子どもや保護者から給料を頂いているわけではない。また、子どもの成績が上がれば給料が上がるわけでもなければ、アンケートで「学校が楽しい」と答える子どもが増えれば給料が上がるわけでもない。

 

 もし仮にそれらの要素によって給料が変動するとしたら、授業の仕方も自然と変わってくるだろう。なにせ子どもの成績次第で給料が変わるのだから、とにかくテストで良い点を取れるようにしなければならない。 

 また、とにかく「学校が楽しい」と思ってもらわなければならない。もしかすると、クラス全体に厳しく指導したり、ときには個人的に叱ったりするのを避けるようになるかもしれない。

 

職業選択の軸を整理すると

   このように考えると、営利目的の仕事をしている人はすごいなと心から思う。”志” ”使命感” だけではなく、「利益が出るかどうか」というもう一つの判断基準を常に持っていなければならないのだ。

 

 教員も、行事や教材にかかる費用を学校の予算で賄ったり保護者から徴収したりする際、「その金額設定は適切だろうか」とは考える。しかし、「売れるだろうか」「利益は出るだろうか」と考える必要はない。

 

 売上高や給料の増減がない職業だからこそ、「目の前の子どものためになっているか」だけを純粋に追い求められる。それが、自分には向いているのだ。

 (もちろん、無駄な経費を削減しなければならないことは言うまでもないが。)

 

 今回、改めてゆっくり考えてみて再認識したこと。それは、

①自分の職業選択の軸は、”志” ”使命感” を持てるかどうかであるということ

 そして、

②その軸のみで『教師』を選択できたのは、一定の給料水準が保証されているからであるということ

 の2点であった。

 

目下の悩みは

 さて、最後に話は冒頭に戻る。

 

 繰り返しになるが、子育てにはお金がかかる。満足にお金を使いつつ貯金もしていこうと思うと、今の夫婦の収入では決して十分ではない。

 しかし、普通なら「なんとかして収入を増やそう」と思いそうなものだが、それが…全く思わない。

 

 今の時点では『教師』という仕事に心からやりがいを感じていて、多少給料が上がるとしても、ーもし年収1億円になると言われたら話は変わるかもしれないがー、他の仕事に就く気はない。

 次に考えるのは副業だが、そんなことをしている時間があるのなら、クラスの子ども達にしてあげたいことは山ほどある。

 

 まぁ、我が子が大きくなっていく中で、いつまでそう言っていられるかだが…。。

 

 ただ、一方で「一生この仕事をして生きていくぞ!」と思っているわけでもない。2年あれば人生は変わるということを、身を以て体験してきたからだ。転職のキッカケとなった東日本大震災から2年後に、まさか自分が教壇に立っていようとは。

 

 これからも、できる限りその時々の ”志” ”使命感” に従って生きていくことができたら、それはそれは素敵な人生になるだろう。