育休先生。

「イクメン」という言葉がなくなる日を目指して。

漢字の「とめ・はね」にこだわる指導は必要か、不必要か。

 こんな記事を3ヶ月ほど前に東洋経済オンラインで読んでから、一度ブログで言葉にして整理してみようと思っていました。ボクもこの『漢字指導』のあり方については、現場で、いや、育休中もずっと悩んでいます。

 

<目次>

 

f:id:ikukyusensei:20171205220443j:plain

 

記事の要旨

 オンラインの記事ですので、いつ見られなくなるか分からないため、リンクは貼らないでおきます。

 教育評論家の親野智可等さん(命名のセンスはさておき…笑)さんが書かれたもので、要旨をまとめると、

 漢字とは本来、それぞれの一つの “正解” とされる形があるわけではない。常用漢字表に示されているのはあくまでも標準であり、正誤の基準はかなり緩やかである。

 それにも関わらず、教師が「子どものため」と意気込んで「とめ・はね」のような細部にこだわって指導するあまり、漢字嫌いの子どもが増えていく。

 よって、行きすぎた指導は必要ない。

という内容でした。

 

実際に確かめてみた

 この記事の最後で、文部科学省の外局である「文化庁」の「文化審議会国語分科会」から出された常用漢字表の字体・字形に関する指針(報告)」なるものが紹介されていたので、読んでみました。

 

www.bunka.go.jp

  

 すると、確かにそう書いてありました。Q&Aから要旨に関する内容を抜粋したのが以下の4つです。

 

f:id:ikukyusensei:20171205225243p:plain

 

f:id:ikukyusensei:20171205225234p:plain

 

f:id:ikukyusensei:20171205225240p:plain

 

f:id:ikukyusensei:20171205225246p:plain

いずれも用漢字表の字体・字形に関する指針(報告)」より

 

読めるワケない

 しかし、この指針。紛らわしい漢字の取り扱いについて、いちいち丁寧に書いてくれているのは良いのですが、末尾の編集委員名簿や索引を除いた “本文” に当たる部分は、なんと充実の221ページ。 

 

 誰がちゃんと読むねんな。読めるワケない。

 

 細部にこだわる必要がないことは、よく分かりました。

 ですが、どの程度が「漢字の骨組みに影響しないような細かいずれや違い」なのかを判断するのが、また難しいです。221ページともなれば情報量はかなり多く、迷う度に確認するわけにもいきません。

 

 また、その判断自体も結局は一人一人の主観に委ねられるわけですから、学校教育としてはある程度のところで線引きをするしかないのではないでしょうか。

 

読めば読むほど分からない

 試しにQ&Aからいくつか、どこまでがマルなのかという例を見てみましょう。個人的には、衝撃的なものがいくつもありました。

 

・これがマルだそうです。ボクなら完全にバツをつけると思います。。

f:id:ikukyusensei:20171206230132p:plain

 

・ それぞれ、どちらでもマルだそうです。違和感がアリアリです…。

  f:id:ikukyusensei:20171208010733p:plain  f:id:ikukyusensei:20171208010950p:plain      f:id:ikukyusensei:20171208010522p:plain  f:id:ikukyusensei:20171208010610p:plain

 

・これもマルだそうです。もう完全に覚え間違っているとしか思えません…。

  f:id:ikukyusensei:20171206230459p:plain

 

・これ、全部マルだそうです。これが許されるのなら、字形がどんどん崩れていきませんか…?

f:id:ikukyusensei:20171206230720p:plain

 

・これもマル。漢字ドリルではハッキリ横に出ていますし、むしろ一旦横に出るのが特徴なのかと…。

f:id:ikukyusensei:20171206230828p:plain

 いずれも「常用漢字表の字体・字形に関する指針(報告)」より

 

復帰後はどうしよう…?

 これまでボクは、漢字の宿題や漢字テストに限っては、やや厳しめにチェックしてきました。人は時として、他人から字で人柄を判断されます。子ども達に、字を適当に書くことによる不利益を被ってほしくないという思いがありました。

 「水は低きに流れる」と言います。おそらく子ども達に最初から「ココは “はね” ても “はね” なくても良いよ。」と教えていくと、どんどん字形が崩れていく気がします。

  また、「寸の2画目は “はね” ても “はね” なくても良いよ!」と教える先生は、保護者からいい加減な印象を持たれそうな気もします。必ずしも「緩い」ばかりが好まれる仕事でもありません。

 

 ただ、上のQ23にも書いてあるように、「そもそも一つだけの正しい形があるわけではない」と言われてしまうと、漢字ドリルのフォントを模範とする根拠すらなくなってしまいます。 

 せっかくこうして、『漢字指導』への認識を新たにしたタイミングです。好奇心から、復帰後のクラスでは「何の字か分かればマル!!」と言ってみたい気持ちに駆られています。。

 その場合、宿題やテストで字形以上に子ども達に心がけて欲しいのが、「自分の中で最大限、丁寧に書く」ということです。メモのように「自分さえ読めれば良い」ときはいくら雑でも構いませんが、「人の目に付く字」を書くときに “それ用” の丁寧さで書けないのは後々辛いです。

 

 その上で、学級だより等で保護者の理解も仰ぎながら、「何の字か分かればマル!!」。

 …やってみようかなぁ。実験をするような言い方になってしまって申し訳ないのですが、それぐらい柔軟な『漢字指導』を受けた子ども達が漢字に対してどのような印象を持つのか確かめてみたいです。

 

 皆さんは、どう思われますか?