育休先生。

「イクメン」という言葉がなくなる日を目指して。

「日野皓正氏ビンタ騒動」の世間の声に驚き。体罰は100%ナシ!

 ジャズトランペット奏者・日野皓正氏のビンタ騒動が話題になっています。ワイドショーやネット上で、一部これを擁護する声が上がっていることに驚きました。ボクは、いついかなる理由でも手を上げてはいけないと声を大にして言いたいです。

 

<目次>

 

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前提として

  この騒動は、8月20日に東京都世田谷区で行われた中学生40人によるジャズ演奏会で、ドラムを叩いていた男子に対して日野氏がビンタをしたとされる映像が、観客によって撮影されていたことで明らかになりました。

 詳細はメディアでいくらでも報道されていますので、割愛します。また、練習期間のことや日野氏と男子との関係性、当日の演奏会の段取りや両者のやり取りなど、一般人には分からない背景が多々ありますので、「ビンタをした」という事実だけに対するボク自身の意見を述べさせてもらいます。

 

日野氏の発言から

 昨日、9月1日に韓国から帰国した日野氏が、初めて公の場で口を開きました。その際、ビンタをしたことを認め、それについて「あくまで教育の一環」と主張したそうです。

 ここで一つ。体罰が「教育の一環」になるなど、ありえません。

 体罰とは、文字通り「罰として行われる身体への暴力行為」です。当たり前に行われていた時代が長く存在したとはいえ、数々の研究から「体罰は、著しく被害者の自尊感情を傷つけ、指導者との不均衡な上下関係を構築し、教育的効果はゼロである」ということが、現在では常識になっています。

 

世間の反応で驚いたもの

 ワイドショーやネット上の反応で、驚いたものをいくつか紹介します。

 

①昔は当たり前のように行われていた。

②厳しく叱らなくなったせいで、自制できない子どもが増えた。

③注意しても聞かないのなら、実力行使で止めるのは仕方ない。

④教育者ではないのだから、目くじらを立てる必要はない。

⑤本来なら親がすべき躾をしただけ。

⑥お互いが納得しているなら良いのでは。

 

 他にもたくさんあるでしょうが、擁護派の代表的な意見はこういったものではないでしょうか。

 

各意見に対する個人的な反論

 まず、①について。なぜ、「昔=正しかった」と考えるのでしょうか。先述の通り、時代が進み、体罰に教育的効果がないことは今や常識です。「昔はしていたから良い」ではなく「当たり前のように行われていた昔が恐ろしい」と考えるべきでしょう。

 

 次に②は、明らかに印象論です。例えば、少年犯罪の件数は、以前に比べて減少傾向です*1。また、「厳しく叱る=体罰」ではありません。

 

 ③について。注意の仕方は果たして適切だったのか。他に伝える方法はなかったのか。「手段が体罰しか残されていなかった」わけがありません。

 

 ④について。「体罰はやめましょう」というのは、教育者だけに向けられた言葉ではありません。何の教育的効果もないから、親であれ近所のおっちゃんであれ、全ての子どもに対する指導として体罰を選ぶのはやめましょう、ということです。

 

 ⑤は、前提が大間違いです。まず、「親がする躾」に体罰は含まれません。しっかり対話ができれば、体罰は必要ありません。

 

 最後に、⑥。お互いが納得していれば良い、というのは暴論です。何度も言いますが、体罰には何の教育的効果もありません。何の効果もないただの身体的・精神的苦痛を許してはいけません。

 

さらなる補足意見

 上に挙げた以外にも「なぜここまで大々的に扱われるのか」という声もあるようですが、日野氏はこれをコンサートという公衆の面前で行っています。ましてや現代は、容易に動画撮影と拡散ができる時代です。

 「お互いが納得していれば体罰をしても良い」という認識が広まってしまうと、たくさんの子ども達に不利益が生じます。

 世界的ジャズトランペット奏者という影響力の大きさを考えると、この問題がメディアに取り上げられるのはごく自然なことだと考えます。

 

 また、「ときには手を出して怒ることも必要」という意見も根強いようですが、そういう人達に逆に問いたいことがあります。

 性犯罪・万引き・暴行などの「自制が効かずになされる犯罪」をした人達や我が子に虐待をしてしまう親達は、全員が「幼少期に一度も手を出されたことがない人」でしょうか?

 反対に、「ときには手を出されて怒られた人達」は、全員が誰にも迷惑をかけずに自制して生きているでしょうか?

 答えは言うまでもないでしょう。

 

 暴力は、連鎖します。暴力は、次の暴力を生みます。体罰擁護派の人達は、根本から認識を改める必要があると思います。

 

体罰しなければならない」=◯◯?

  ボクが教師になってから、どこで聞いたか、こんな言葉を知りました。

体罰をしなければならないのは、その人に指導力がない証拠」。

  これが全てだと思います。手を出して痛みや恐怖で支配するしかないほど、言葉で伝える力がなかったということです。

 

 体罰をすることで、おそらくその場が収まったり相手が言うことを聞いたりはするでしょう。もしかしたら、怒られることになるその行為をしなくなるかもしれません。しかしそれは、「また叩かれるから」という理由で萎縮しているだけです。

 

最後に

 ボクはこの一件に関して、ネットを隅々まで見たわけでも、何千人にアンケートをしたわけでもありません。体罰擁護派が多数なのか少数なのかさえ、分かりません。

 ただ、このニュースに関するヤフコメでは擁護派が大半を占め、否定派のコメントには青ポチの方が多く付いているような状況を見て、何とも言えない恐ろしさを感じています。

 多くの人が体罰の不必要さを理解し、体罰に苦しむ子どもがゼロになることを願います。

 

 体罰擁護派の人は一度、桑田真澄さんのブログ*2でもご覧になってはいかがでしょうか。

 

《以下、脚注》