育休先生。

「イクメン」という言葉がなくなる日を目指して。

『転職』を経験した小学校教師が、『天職』について考えた。

 つまらないダジャレを、お許しください。皆さんは、自分の仕事を『天職』だと思いますか?世間では一体、何%の人がそう思っているのでしょうか。色んな方の『仕事観』を聴いてみたいものです。

 

<目次>

 

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一人で過ごす不思議な時間

 まだ、妻と娘は戻って来ない。(参照:【育児休暇中の喧嘩録④】「休戦」 - 育休先生。

 でも、「来週、近所の夏祭りに行きたい」というなんとも平和なメールが送られてきたので、もうすぐ帰って来るのかもしれない。

 

 そんなわけで、ここ10日間はボーッとする時間が有り余るほどある。ボーッとするために生きているのか、生きていくためにボーッとしているのか、分からなくなってくる。

 

 しかし、騙されてはいけない。どちらも違うのだから。

 

「人の価値」=「影響力の大きさ」?

 時間があると、色んな物を読む。あるいは、観る。

 

 その中で、同世代でありながら、紛争国の人道支援だの被災者の自立支援だのに関わっている人に出会うと、「自分よりもはるかに大きなスケールで仕事をしているんだな」と、少し焦ったりもする。

 

 人の価値を測る一つの尺度として『影響力』というものがあるとするならば、自分の価値はかなり低いことになる。

 

自分にしかない「影響力」があれば良い

 僕が通うボイトレの先生に、そんな話をした。

 先生と言っても僕より年下の25歳で、すごく可愛い。だから、いつも行くのが楽しみなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 …ものすごい速さで話がそれたことに、自分でも驚いている。

 

 その先生が、「世界的なミュージシャンは10億人を楽しませられるかもしれませんけど、小学校の先生みたいに目の前の30人を育てることはできませんよ!」と言ってくれた。

 確かにそうだと思った。

 

「生きること」=「誰かのために尽くすこと」

 さて、現在の僕は育児休暇中である。育児をするために、休んでいるのだ。

 しかし、妻と娘がいなくなってしばらく経つと、何のための時間を過ごしているのか分からなくなってきた。

 

 そう感じる理由を突き詰めていくと、一つの答えに辿り着いた。それは、「今の自分は誰かのために尽くしていないから」だ。これは、極めて恐ろしいことである。

 

 どれだけ賢くて、優しくて、面白くて、最先端の技術を生み出せる人でも、それを誰にも還元できないまま死んでいったとしたら、その人が存在した意味はあったと言えるのだろうか。

 

なぜかアツくなれる仕事

 小学校での毎日を、思い出してみる。

 

 授業をする時。子どもと遊ぶ時。悩みを聞く時。揉め事の仲裁をする時。ときには叱る時。

 思えば、手を抜こうと思ったことなんて一度もなかった。疲れが溜まり、隙を見て一息つくことはいくらでもあった。ただ、子どもに接する上で手を抜いたことは、一度もない。

 

 朝から晩、そして帰宅後から休日に至るまで、仕事に追われる日々。常に子ども達のことが頭から離れない。

 

 それでも、「今の授業、分かりやすかった!」「来年も先生が担任してや!」、たまにでもそんな言葉を貰えると、それまでの全ての苦労が吹き飛ぶ心地がする。

 

 それに、「自分じゃなければこのやり方はしないだろう。」「自分じゃなければこの話はできないだろう。」、胸を張ってそう言えることを、子ども達にたくさんしてあげられる。

 

 つまり、自分の『存在意義』を実感できるのだ。

 

現状に不満を持ったら潮時

 では、自分は10年後も20年後も『教師』という仕事をしているだろうか。

 

 それは、決して断言できない。現時点で転職を考えているわけでも、他にやりたいことがあるわけでもない。

 ただ、10年後はおろか、5年後、いや、3年後の自分でさえ想像できないことは、自分自身が転職によってすでに証明してしまったからだ。

自分自身の話。その3「震災発生当日の夜〜転職活動開始」 - 育休先生。

 

 言えることは、一つ。現状に『不満』を持ったとき、それが今よりも自分に合った仕事を探すタイミングかもしれない、ということだ。

 

 『不満』というのは、「上司がウザい」などといった職場環境のことではない。自分が生み出したいと考える『影響』を現在の仕事では生み出せないと感じたとき、アプローチを変える必要が生じたと考えられるのではないだろうか。

 

アツくなれるうちは、それが『天職』

 結果、僕は「アツくなれるうちは、それが『天職』」なのだと思った。

 アツくなれるということは、「その仕事に対して迷いがなく、本気になる意義を見いだせている状態」だと解釈できる。

 

 誰しもが、同じ仕事をしてアツくなれるわけではない。そう考えると、アツくなれる仕事に出会えているというのは、幸せなことに違いない。

 

 もし、アツくなれなくなったら、そのときは別の仕事を探そう。

 

 まずは、気分転換にボイトレの先生に会いに行こう。

 先生と言っても僕より年下の25歳で、すごく可愛い。だから、いつも行くのが楽しみなのだ。