育休先生。

「イクメン」という言葉がなくなる日を目指して。

『ブラック部活動』は必要悪か。自分の経験から考えてみた。

 最近、『電通事件』や労使間協議の『上限100時間』など「長時間労働」に関する話題が豊富です。今回は、「部活動のブラック企業」について、自分なりに考えてみました。

 

<目次>

 

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「ブラック部活動」に対する2通りの意見

 様々な角度からの意見がありますが、今回は個人的に気になる意見のみをピックアップしました。

◯「是」の意見

「厳しい部活での経験が、社会に出たときに必要な問題解決能力やコミュニケーション能力、ストレス耐性を育てている。」

◯「非の意見」

「日本特有の、縦社会・長時間労働の元凶になっている。」 

 全ての視点から総括するのは大変難しいので、今回はこのように「ブラック部活動はその後に良い影響を与えるか」という観点のみで、考えてみます。

 

自分自身が所属していた部活

◯ 中学校時代…野球部

 とても上下関係がハッキリしていた。小学校では「うっちゃん!」と呼んでいた1歳上の宇都宮くんに、野球部に入った途端「宇都宮先輩」として敬語で話さなくてはならなくなったのには、面食らった。

 1年生のときの顧問は、練習中はなかなか水を飲ませてくれなかった。当時は中学生ながらに「絶対体に良くないやろ。」と思っていた。先輩のバッティング練習のときに外野で球拾いをするとたまに長打が飛んできて、それを拾いに行くついでにコッソリ水を飲むことができた。

 また、その顧問は非常に怖かった。試合の戦績まではハッキリ覚えていないが、先輩達の代は上手な人が多かったと記憶している。

 2年になって、顧問が変わった。その人は、「水を飲むな」なんてつまらないことは言わなかった。でも残念ながら、野球は下手だった(笑)。ボク達の代は、とことん弱かった。

 それは、先輩達が元々上手だったのか、厳しい顧問が鍛え上げたのか、ボク達が元々下手だったのか、野球が下手な人が顧問だったからなのか、定かではない。

 

◯高校時代…軽音楽部

 中学校とは打って変わって、上下関係の非常に緩い部活だった。いわゆる「文化系クラブ」というヤツだったからかもしれない。

 顧問は、練習をほとんど見に来なかった。練習部屋の数の都合で、1つのバンドが集まって練習できるのは、週に1回ぐらいだった。その代わり、個人練習に精を出した。平日の放課後に加えて、休日は1日8時間練習した日もあった。

 顧問は確か入部したての頃、「口を出すのは簡単やけど、口を出さへんのは難しい。僕は基本的には、君達の好きなようにやらせる。」と言った気がする。「気がする」程度なのは、当時10代半ばでヤル気に満ち溢れたボクにとって、その言葉は『怠慢』に聞こえて印象が良くなかったからだと思う。

 しばらくして、顧問がドラムを叩く姿を初めて見た。高校生から見ると、間違いなく上手かった。ボク達が数ヶ月に一回、校内でライブをするときは必ず見に来て、終了後はバンドごとに的確なアドバイスをくれた。

 また、月に1回のペースで、「部会」と呼ばれる会議が開かれた。そこで、今後の予定を決めたり、部員からの不満が集まったやり方を改善したりした。それには部員は全員参加するが、顧問はやはり来なかった。

 クラブとしては、コンクールに参加するも、惜しくも全国大会に出場することはできなかった。でも、ボク達のバンドは高校を卒業後、いくつかのコンテストで良い成績を残すことができた。それらはどちらも、今でも貴重な経験だ。

 

今、中・高の部活動経験を振り返って

 中学校の野球部は、1年生の間はとにかく練習が辛かった。「そこで頑張ったおかげで、今がある。」というわけではなく、ただただ嫌な思い出でしかない。2年生で顧問が変わってからは、試合に負けたり打てなかったして悔しいことはあったが、練習に行くのが嫌だと思うことはなかった。

 高校の軽音楽部では、今思えば、今の教師としてのスタンスに繋がる多くのことを学んだ。例の顧問は、決して「自分の専門分野ではないから、ヤル気がない」という類の顧問ではなかった。先に書いたように、顧問自身はドラムが上手かったし、音楽にも精通していた。的確なアドバイスもくれたし、卒業後のOBイベントにも顔を出してくれるような人だ。

 だから本当に、口を出さないようにしていたのだと思う。今、自分が教師になってみると、それがいかに難しいことか分かる。子どものすぐ脇で両手を添えて方向を修正するのは簡単だが、子ども自身が自分の方法で結果を出すまで待つのには大変な忍耐が必要なのだ。

 

「結果を出す指導者」=「優秀な指導者」?

 これも、よく言われていることだろう。ボクは、違うと思う。自分の場合は、軽音楽部の「口を出さない顧問」のおかげで、かなり自主性や考える力が養われたと感じている。

 なにより今のボクにとって「音楽は『』である」と胸を張って言える時点で、彼は『優秀な指導者』だと思う。

 もちろん、親や友人からも多大な影響を受けている。しかし、仮に顧問が下手な部員に手を上げたり、毎日夜遅くまで水を飲ませずに練習をさせるような人だったら、どうだっただろうか。ボクは音楽を嫌いになっていたかもしれない。

 

 それに、子どもがその競技や芸術にどれだけ夢中になるかは、極めて個人差が大きい。正直、物事に身が入らない子どもを見ると「もったいない!!」と思う。「全力で取り組めば、もっと多くのモノを得られるのに!!」とも思う。だから、あれこれと働きかけたりもする。

 でも、全員が寝食を忘れるほど夢中になるかというと、それは現実的ではない。レベルや興味が80の子にも10の子にも、全員に100のゴールを設定して無理やり厳しい練習を課すのではなく、80の子を90に、10の子を20にしてあげることができたら、それで十分指導の意義はあると思う。

 

最後に、教師として

 今回、改めて気付いたこと。それは、「子どもの自主性を重んじることの大切さ」だ。

 子どもによって、その部活動にかける思いは違う。きっと、全国大会を目指したい子どもはそれなりに練習しようとするだろうし、負担のない練習頻度で楽しみたいと考える子どももいる。ときには同じ部活に両者が混在し、お互いにとって良い按配を見つける必要も生じるだろう。

 それが、コミュニケーション力だと思う。間違っても、暴力を振るう指導者や先輩の顔色を伺って、殴られないように穏便に過ごすことがコミュニケーション力ではない。

 きっと、指導者と子ども達とのコミュニケーション、そして子ども同士のコミュニケーションが適切に行われていれば、指導の方向性は自ずと決まっていくものではないだろうか。