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育休先生。

「イクメン」という言葉がなくなる日を目指して。

自分自身の話。その4「通信制大学入学〜小学校での勤務決定」

 2017年4月1日より開始した、この「育休先生。」というブログ。少しまとまった時間が取れたので、自分自身について書くことにしました。小学校教員という仕事に就くまでの変遷や、育児休暇を取得するまでの過程をお伝えできたらと思います。

 

 その3はこちら↓↓↓

ikukyusensei.hatenablog.com

 

 

まさかの二度目の大学生に

2011年10月 25歳(社会人4年目)

 会社員大学生という生活が始まった。入学と同時に母校へ連絡をし、「来年の10月に教育実習をさせて頂きたい」旨を伝え、承諾を得た。

 自宅に届くテキストを使った学習、オンラインで回答できる定期試験の他に、週末には「スクーリング」といって実際に大学のキャンパスへ行って受講する講義もあった。とはいえ勉強は順調で、あっという間に数ヶ月が過ぎていった。

 

ついに上司に辞意を伝える

2012年6月 26歳(社会人5年目)

 いよいよ、当初の計画で辞める月に設定した「9月」が迫ってきた。「せめて3ヶ月ぐらい前に伝えれば、少しは人事の調整もしやすいのかな…。」と、考えていた。

 6月のある日、タイミング良く「上司同行」の予定が入った。病院で上司と待ち合わせ、一緒にターゲットとなる医師と面会するのだ。営業所では込み入った話はしにくいが、上司同行が終わった後なら二人でゆっくり話せる…そのときに言おうと決めた。

 

 当日、面会後の駐車場にて。

 「所長、…少しお話ししたいことが。

 「おう、どうした?

 「あの…転職を考えておりまして。

 「えっ!?どうした、急に?

 「実は少し前から、通信制の大学で小学校の教員免許を取るための勉強をしていました。

 「ほ、ほう。

 「それで、10月に1ヶ月間の教育実習をするので、9月いっぱいで辞めさせて頂きたいと…。

 上司は、快く了承してくれた。

 

会社を辞め、大阪へ

2012年10月5日 26歳(社会人5年目)

 そうして、会社を辞める日が来た。間もなく大阪へ引っ越しをすると、息つく間もなく教育実習が始まった。

 

1ヶ月間の教育実習

2012年10月15日 26歳(社会人5年目)

 初日のことは、もう覚えていない。つい10日ほど前まで「会社員」をしていた自分が、全く違う世界で「先生」と呼ばれていることに、ただただ不思議な気持ちだった。さらに言えば、以前は自分が「先生」と呼ぶ立場だったのだ。

 それからの1ヶ月間は、刺激的だった。刺激的と言っても、それは「会社員」とは違う新鮮さからくるものであって、想像していたものとのギャップは意外となかった。この教育実習というものは、ときに教師を目指す者にとって「やっていけそうかどうか」を判断する基準になると聞いたことがあったが、ボクにとっては「やっぱりやりたい!」と改めて感じる機会となった。

 

2012年11月9日 26歳(社会人5年目)

 教育実習、最終日。この日のことは、一生忘れられない。指導して頂いた先生の学級である5年1組と、隣の5年2組の児童らが一緒に、お別れ会を開いてくれた。

 いつ話し合ってくれたのかは全く分からないが、ちゃんとプログラムがあり、いくつもの出し物を用意してくれていた。各学級からの色紙もあったし、それとは別に何人もの子がプレゼントまで作ってくれていた。こちらからもお返しにギターで1曲弾き語りをし、最後は涙、涙のお別れとなった。

 

大阪市の講師登録を行う

2012年12月 26歳(社会人5年目)

 ハッキリとは覚えていないが、確かこの頃に、大阪市役所内の教育委員会事務局へ出向いて講師登録を行った気がする。タイミングとしては、教育実習が無事に終わり、いよいよ3月に教員免許を取得できる見込みが立ったからだったと思う。

 

待ちわびていた電話が鳴った

2013年3月21日 27歳(社会人5年目)

 その電話は、突然だった。「4月から勤務してもらう小学校が決まった」とのこと。ついに来た。こうして、約2年前に決めた計画通り、めでたく事が進んでいったのだった。

 

 その5はこちら↓↓↓

ikukyusensei.hatenablog.com